私はこれで季節を感じてます♪ – 浜田 弥依 –

最寄りの駅へ向かうまでに、大きな池のある公園を通ります。

今の時期になると、池には蓮の花が咲きます。それはもう美しい。
朝早い時間にそばを通ると、その時間特有のシンとした静けさもあり。どこか凛とした空気感が漂って、なんとなく姿勢がシャンとしたりします。

ああ、夏が来るのだなぁ。

もうちょっと時期が進むと、この公園は雑草が生え茂ります。
傍目には「手入れがされていない」と思われかねないボーボーの状態なんですけども、ちょっと呼吸を意識してみると、夏草の匂いがフワーッと漂っているのに気付くのです。

ああ、夏が来たのだなぁ。

私は歩きながらこの匂いを嗅ぐのがとても好きです。ちょっと青臭いけれど、でも爽やかにも感じられたりする、どこか懐かしさのある匂い。これまた午前中の太陽の高い時間帯だったりすると、不思議と気分がスッキリしてくるのです。

春には桜の木があって花見ができたり、秋には枯れ葉をカサカサ踏む音を楽しめたり。冬は、丸裸になった木々に少し物寂しさを感じたり。
この公園は、それぞれの季節にそれぞれの風景を見せてくれるお気に入りの場所でして、なかでも五感で感じるものが多い今の時期、夏の始めの姿がいちばん好きです。緑が精一杯に伸びて、瑞々しく生命力に溢れている感じがたまらなくいい。

ただ、それらも例年なら、の話。
このコロナ禍においては、マスクを手放すことができません。マスクをしていると「塞がれている」ような気持ちになってしまうためか、季節を感じる肌の感覚に、まるでヴェールがかかったように。いつも当たり前のように楽しめていたことが、今は楽しめなくなってしまった。

……などと思う反面、そうやって気落ちさせるところは、もしかしたら奴等(ウィルス)の意図によるものなのでは?と、考えることがあります。実際、ウィルスを生物と捉える説もあるとかないとか。ネガティブな思考は、いとも簡単にヒトからヒトへ感染る。「あきらめろ、あらゆるものをあきらめろ」と暗示をかけてヒトを無気力化するのが、実は奴等の本当の目的だったりして…… 待てよ、これはある意味いちばん厄介な感染なのでは?

大変だ。もしかしたら重大なことに気付いてしまったのではなかろうか。

あぶない、あぶない。様々な「こと」や「もの」が制限されているこの状況下、「もう何もできない」と危うく心の内側へ籠もってしまうところでした。気付いてしまったからには、もう罠には嵌りませんよ。今の状態だって、可能な範囲でできること、行動に移せることが何かあるはず。今までとやり方は変わるかもしれないけれど、わたしは抗ってやろうと思います。再びからだ全体で夏の匂いを感じるために、またその感覚を失くさないために。

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