私の ん周年!? – 茂川 みちる –

この度、ささやかに30周年を迎える事となりました。

「誰かの為に心を込めてごはんを作る事」30周年です☆

田舎の4人姉弟の長女として育った、私。

街灯もまばらな山深く崖と湖に囲まれた地域で育ちました。

コンビニはおろか、商店街さえなく。
片道徒歩20分~30分程山を降りるとあらわれるのは、
集落で唯一の「よろず屋」的な小さな商店と、農協のみ!

親のいない時の食事はもちろん、おやつも自分で手作り♪していました。

小学生の頃はまだおやつのレパートリーも少なく、
ホットケーキミックスとお餅、芋類を駆使☆

蒸しパンにドーナツ、焼き(揚げ)餅
ふかしたサツマイモにジャガバター。。
あとゼリー類(粉で作る蛍光みどり色のきれいなヤツ!)

芋はスライサーで簡単に薄く切れますし
水にさらして水切りさえちゃんとすれば
油でパリっと直ぐに美味しいポテトチップスになりました(*^^*)

冬は石油ストーブの上で常に何か焼いて。。
干し芋とか、おにぎりとか。。

妹たちが「おなかすいたー」と来るのが可愛くて、
スッカリ母親気取りで母エプロンを纏い、
よく台所に立ったものでした。

「油や火を使うのは危ない!」とか
「勝手に食材を使わないで!」等、あまり煩くなかった母と、
子供に安心して留守番させられる平和な昭和の終わり頃。
豊な時代の賜物です。

「家族のごはん作り」に目覚めたのは11歳位の頃、
12歳離れた弟が産まれる事が、きっかけでした。
誰の手も借りずに
ひとりで考えて準備~調理~片付け迄、
全工程をこなせるようになったのも、この頃。

母のごはんの方が圧倒的に美味しいのに、
「美味しいね」と言って笑顔で沢山食べてくれた家族のおかげで、
家族の暖かさを再認識でき
食べてくれる人のいる喜びを知り
栄養や色どりを考え、色んなごはんを作り続けました。

あれから30年。。(綾小路○麿サン風に)

家庭をもち「お母ちゃん」になった私を待ち受けていたのは

「食の細い息子」と「毒舌の旦那」

「今、食べる気分じゃないんだよね」
「寝起きに食べれない(起きて1時間半程経過中)」等々、
悪態をつき続ける身長182センチの大人は、華麗にスルーできても
(丈夫に大きく育てて下さったお義母サンにはホント感謝☆★)

1750グラムと小さく産まれ、
ともかく身体の弱い息子の食事には
未だに手を焼いています。

味付けを変え、素材の加工や食感を変え、
器や盛り付け彩りやバランスを変え、
演出(出すタイミング)を変え、料理講習会に通い、、

様々な見せ方を工夫して
「毎食完食を目指す!」修行のような日々。

体調に合わせて季節の食材のもつ力も勉強しました。
風邪気味だからしょうがで温めて
お疲れ気味なパパはにんにくを効かせて
こくと食欲を刺激しつつ豚肉にしよう、
気管支が弱い息子には粘膜と気管支を丈夫にする蓮根を。。

もはや「祈り」です☆

健康を祈り、
ただただ
安全で楽しい食事の時間を届けたい。

これに尽きるのですが
本当に難易度高いです

どんなに素晴らしい食材も
栄養高かろうが、手がこんでいようが
美味しい料理だとしても

必要のないタイミング
食べてもらえなければ
ただの自己満足~~

なんだか、
芸事にも通ずるものを感じる今日この頃です。。(考え過ぎ)

今の私を支えているのは
子供時代に笑顔で私のごはんを頬ばってくれた妹達や、
両親との思い出。

できる事なら自分の家族にも
工夫して届けたい
☆☆楽しい食事の時間☆☆

そんな虚弱だった息子も少しづつ食べられるものが増え、
保育園でもどうにか完食できるようになりまして。
ここ1年は持病の喘息もおさまり、
インフルにもかからずどうにか頑張っている模様..

手料理、屈折30周年、
お母チャン4周年、
まだまだ頑張ります!!

さて☆次回は~♪♪中山潤子サンです☆
どんな「ん周年」なんでしょうね?

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